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2009年6月

2009年6月24日 (水)

アメリカの倒産

今月の初めにこのブログにも書いたが、いよいよアメリカが倒産する。7月末にカリフォルニア州債が償還不能となり、州債を保証している連邦政府がデフォルト宣言するというものだ。アメリカのFEMA(緊急非常事態庁)によると7月27日から7月31日まで、連邦政府、全州政府、カナダ、メキシコ、イギリスの参加による非常事態演習が行われる予定で、アメリカ国内では治安維持部隊が展開する。オバマ大統領のデフォルト宣言によって、演習から本番に移行するのだという。元外務官僚の原田武夫が日刊現代のコラムに書いている。これが本当のことだとしたら、「2009年地獄の夏」は本当に来ることになる。原田はアメリカのデフォルトを以前から言い続けていて狼少年ならぬ狼中年と呼ばれている。

イタリアで拘束された2人の日本人の持っていた米国債は結局偽物とされたが、2人は財務省の役人であることを認めているのだが・・・。アメリカのデフォルトを恐れた日本政府が米国債の換金を計画してスイスへ債券を持ち出そうとした事件だったのだが、肝心の債券が偽造だとアメリカが言っているので、拘束された2人の日本人も釈放されたようだ。これからまだまだいろんな事が起きると思う。果たして7月末にアメリカが倒産するか。それとも戦争を起こしてうやむやにしてしまうのか、ターゲットは北朝鮮とイラン。世界情勢から目が離せない。

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2009年6月19日 (金)

今後の経済情勢

中国で「バイ・チャイナ」中国製品を買う動きが加速している。これは先ごろ中国政府が打ち出した55兆円の経済対策で国内製品を買おうというものである。日本国内メーカは中国市場に注目し、膨大な中国市場に期待しているのだが、「バイ・チャイナ」政策により日本製品返品の山となるであろう。わが国は食料の大半を外国に依存し、日本製品を輸出し、その代金を食料輸入などに充ててきた。今後、唯一の輸出国の中国への輸出に陰りが見えれば、更なる株価の下落、雇用の縮小が起きる。さらにアメリカでも「バイ・アメリカン」の動きが加速しそうであり、輸出に依存しているわが国にとって未曾有の事態となる。ここで国内需要を増加させなければ、日本は沈没してしまう。エコポイントやエコカー優遇税制などでは焼け石に水である。まして、定額給付金など唾棄すべき政策である。官僚の無駄遣いをなくし、財源を確保して大幅減税を実行しなければならない。消費税率アップなどと寝惚けた政策しか打ち出せない今の政府与党に対して大きな憤りを感じる。物が売れない世の中が来る。いや、もう来ている。国民にお金を使ってもらえる政策、これは将来の心配がない世の中の構築である。将来が心配だからお金を貯めるのだ。それと可処分所得を増やすこと。これは減税によって可能となる。このような政策を実施しなければ日本経済は崩壊してしまうに違いない。

にゃんこの写真をアップした。左上のメニューに注目。

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2009年6月15日 (月)

朝鮮戦争の再発

1950年6月25日、北朝鮮が突如韓国に侵攻したのが朝鮮戦争だ。戦前生まれの人は「朝鮮動乱」と称していた。日本では「動乱」、「事変」という呼び方は国内の争いであり、他国との争いのみに戦争という呼び方を使っていたのだ。敗戦から5年、まだ朝鮮半島は国内という感覚が残っていた。この年にピーちゃんは生まれた。韓国軍は北朝鮮軍に攻撃され釜山の近くまで追い詰められ朝鮮半島武力統一まであと一歩というところまで進んだ。しかし、アメリカ軍主力の国連軍が仁川から上陸すると形勢が逆転、北朝鮮軍が中国国境まで追い詰められた。戦火が中国本土まで拡大することを恐れた中国が参戦し北朝鮮軍+中国軍対国連軍(韓国軍+アメリカ軍)の対立となって事態は一進一退の膠着状態となった。ソ連の仲介による停戦交渉が始まったが進展しなかった。1953年にスターリン死去やアメリカ大統領の交代などがあり、7月27日に停戦に至り、暫定国境が北緯38度に定められた。この戦争の犠牲者は国連軍36万人、北朝鮮軍52万人という悲惨な結果となった。日本はこの戦争のおかげで、アメリカ軍の後方基地として朝鮮戦争景気に沸き戦後復興の礎となった。こんな戦争であった朝鮮戦争が再び起きようとしている。今度は日本にどのような好景気をもたらしてくれるのか、などと期待してはいけない。今度は半島から大勢の難民がボートピープルとしてこの日本列島に押し寄せて来るのだ。好景気どころの話しではない。武装した難民が大挙して押し掛けてくる。国内の治安は一夜にして悪化し、夜間の外出もままならない状態になる。迷惑な話しである。このような状況にならないように国際間で協議を行い、北朝鮮の暴走を阻止しなければならない。前回の朝鮮戦争で歴史が大きく変わった。中国、毛沢東が台湾統一を画策していたが、北朝鮮の南進によって計画は頓挫してしまった。金日成がソ連のスターリンの承認のもと毛沢東には相談もしないで韓国を攻撃したことによる。まさに歴史の変わり目だったのだが、このことで一番割りを喰ったのは中国であった。金日成は中国に相談したら反対されることを予想し、スターリンだけに相談したのだろう。この次、第二次朝鮮戦争が起こるとするならば、歴史にどのような変化をもたらすのだろう。

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2009年6月12日 (金)

大事件、事故が起きるか

イタリアでスイスへ1340億ドル(約13兆円)もの米有価証券類を持ち出そうとした2人の日本人がイタリア当局に逮捕されたことが分かった。スイスの秘密口座へ預けるためであろう。このニュースは現在のところ、全国ネットに流れていない。これは政府筋からの圧力により報道できないのだ。日本で十数兆の米国有価証券を保持しているのは、政府の関与がある組織しか考えられない。もうすぐ経済大崩壊が来るという予測があって、スイスの銀行へ預けようとしたものであろう。こうしたニュースが流れないのは当然だ。民間企業のインサイダー取引であっても大々的に報道するのに、政府系のこうした事件は報道されない。一部の人間が騒ぎだすと、世間の耳目を集めるような事件や事故が起きてうやむやにされてしまう。近々、世間の注目を集める事件事故が起こるはずだ。と、だけ書いておこう。

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2009年6月 5日 (金)

近頃の話題

「足利事件」の菅家さんが釈放されたニュースがトップで報じられていた。通常、再審で無罪が確定して釈放されるのであるが、再審の前から釈放されるのは異例中の異例だ。検察庁が刑の執行の停止を決め、釈放したわけだが、自ら間違いを認めたことになる。まさに冤罪だったわけで、司法当局は猛省しなければならないだろう。最近、悪いニュースが多い中、久々にいいニュースであった。無期懲役だったからよかったが、これが死刑で既に執行された後であったなら、国はどう責任をとるのだろう。

前回、鎌倉のことを書いたが、事もあろうに史跡に落書きをした輩がいた。鎌倉七口の一つ「名越切通し」に落書きが見つかったのだ。名越切通(なごえきりどおし)はかつて鎌倉から三浦へ通じる要路であった。その歴史は古く鎌倉幕府開幕当初から存在していて、国指定史跡名越切通として逗子市が管理している。その史跡へ落書きをするなどと言うことは、日本人の民度がいかに低いかが分かる。ピーちゃんもかつて訪れたことがあり、名越切通しを経て逗子の駅まで歩いたが、趣のある山道であった。後日、逗子側から鎌倉方面に向かったが切通しへ抜ける道が見つからず諦めたことがあった。今度再チャレンジをしようと思う。

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2009年6月 3日 (水)

アメリカの凋落

「GMはアメリカそのものだ」とアメリカ人が誰しも思っていたそのGMが破綻した。アメリカにとって大きなショックであったに違いない。アメリカ人労働者が手厚い保護を受けていたのもGM労組のおかげである。高い給料が保障され、老後の生活安定が手厚い年金で約束されている、そんな生活であった。自家用車もシボレーから始まりキャディラックへと乗り継いでいく。これがアメリカ中産階級の生き方であった。そのGMが倒産したわけだからアメリカ人の衝撃は想像に難くない。やがてアメリカもGMと同じ運命を辿るのだろうか。日本もカローラからいつかはクラウンへと働いてきたが、トヨタが日本そのものとはならなかった。アメリカは石油帝国である。その石油の力で世界の覇権を握ったが、その石油が枯渇しようとしている。これに危機感を抱いたアメリカは、金融立国として生きる道を選び、バブルを発生させたのだ。今回の金融恐慌は起こるべくして起きたのだが、アメリカ人自身が気がついていない。強いアメリカ、正義のアメリカはもう何処にもないことに気が付かねばならない。今後、アメリカは覇権を失い世界に駐留している軍隊を撤収させていく。日本も例外ではなく在日米軍という言葉がやがて死語となる時が来る。日本は平和憲法のもとで、今と同じく安穏としていられるのだろうか。自前の核兵器を持ち、他国に睨みを利かせる普通の国となっていることだろう。アメリカの核の傘のもと、経済発展を遂げてきたわが国であるが、今後脱アメリカ脱石油を掲げますます成長していく日本の姿を想像しているピーちゃんである。そのようになればいいと思う。

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2009年6月 1日 (月)

紫陽花の季節だ

今日から6月、紫陽花が咲く季節である。鎌倉のアジサイ寺にでも行こうと思っている。鎌倉もこの時期、人が多くてゆっくり花を愛でることなどできない。しかし、紫陽花を見るのにも行列では風情がない。鎌倉は好きな都市である。一度、住んでみたくて不動産をチェックしたが、高くて手が出なかった。観光都市だから住むには不便な土地であろうと思う。しかし、40年前初めて鎌倉に行ったときの落ち着いた雰囲気が忘れられない。当時は毎週のように鎌倉に行っていたような気がする。特に好きなところは日蓮上人辻説法跡の近くの路地を入った高時腹切りやぐらの脇を通って行く祇園山ハイキングコースである。鎌倉幕府最後の執権北条高時は西暦1333年、新田義貞に敗北して東勝寺に立て篭もり一族870余人とともに自刃して寺に火を掛けた。やぐらとは中世の墓のことで、鎌倉には多くのやぐらが存在している。この高時腹切りやぐらから八雲神社へ到るハイキングコースは急な階段を登ったあとは尾根に沿って続く山道で故郷の愛宕山を彷彿とさせる。春先などは倒れた木が道を塞いでいることもある。そろそろ梅雨の季節でもある。天気のいい日を選んで鎌倉に行きたくなった。

きょうのにゃんこ

シーちゃんが大きくなりました。

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