朝鮮戦争の再発
1950年6月25日、北朝鮮が突如韓国に侵攻したのが朝鮮戦争だ。戦前生まれの人は「朝鮮動乱」と称していた。日本では「動乱」、「事変」という呼び方は国内の争いであり、他国との争いのみに戦争という呼び方を使っていたのだ。敗戦から5年、まだ朝鮮半島は国内という感覚が残っていた。この年にピーちゃんは生まれた。韓国軍は北朝鮮軍に攻撃され釜山の近くまで追い詰められ朝鮮半島武力統一まであと一歩というところまで進んだ。しかし、アメリカ軍主力の国連軍が仁川から上陸すると形勢が逆転、北朝鮮軍が中国国境まで追い詰められた。戦火が中国本土まで拡大することを恐れた中国が参戦し北朝鮮軍+中国軍対国連軍(韓国軍+アメリカ軍)の対立となって事態は一進一退の膠着状態となった。ソ連の仲介による停戦交渉が始まったが進展しなかった。1953年にスターリン死去やアメリカ大統領の交代などがあり、7月27日に停戦に至り、暫定国境が北緯38度に定められた。この戦争の犠牲者は国連軍36万人、北朝鮮軍52万人という悲惨な結果となった。日本はこの戦争のおかげで、アメリカ軍の後方基地として朝鮮戦争景気に沸き戦後復興の礎となった。こんな戦争であった朝鮮戦争が再び起きようとしている。今度は日本にどのような好景気をもたらしてくれるのか、などと期待してはいけない。今度は半島から大勢の難民がボートピープルとしてこの日本列島に押し寄せて来るのだ。好景気どころの話しではない。武装した難民が大挙して押し掛けてくる。国内の治安は一夜にして悪化し、夜間の外出もままならない状態になる。迷惑な話しである。このような状況にならないように国際間で協議を行い、北朝鮮の暴走を阻止しなければならない。前回の朝鮮戦争で歴史が大きく変わった。中国、毛沢東が台湾統一を画策していたが、北朝鮮の南進によって計画は頓挫してしまった。金日成がソ連のスターリンの承認のもと毛沢東には相談もしないで韓国を攻撃したことによる。まさに歴史の変わり目だったのだが、このことで一番割りを喰ったのは中国であった。金日成は中国に相談したら反対されることを予想し、スターリンだけに相談したのだろう。この次、第二次朝鮮戦争が起こるとするならば、歴史にどのような変化をもたらすのだろう。
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